1956-05-17 第24回国会 参議院 文教委員会 第28号
それであらゆる反対を押し切って、地教委廃止すべからずという線では相当にいたしまして、幸いに執行機関として残すという結論を得たということについては、私は教育のために実は内心うれしかったのです。そこで、一月が任期でありましたが、いろいろ総会の都合で一カ月延びたのであります。
それであらゆる反対を押し切って、地教委廃止すべからずという線では相当にいたしまして、幸いに執行機関として残すという結論を得たということについては、私は教育のために実は内心うれしかったのです。そこで、一月が任期でありましたが、いろいろ総会の都合で一カ月延びたのであります。
これに対して林君は、「いかにももっともだか、自分は会長として過去一年責任のある立場に立って全国二万五千の総意の代弁者として当局に運動し続けて、ようやく地教委廃止の線をともかく存続に持ち込んだ。これは坂田、竹尾ら両氏の協力によることだ。私は感激している。その竹尾氏らに頼まれたのだ。いやでたまらぬがあえて出ざるを得ないではないか。私の立場を理解してくれ。」
具体的に言うならば、あなたがかりにかつての民主党時代に、政調会長として、地教委廃止の線をともかくもまとめて打ち出されて、そうしてこれを世に発表した。
それは先ほど文部大臣のお話しに、民主党が解体する直前において地教委廃止という考えが総務会の決定には至らなかったけれども、文教委員会では一応決定をみたというお話しでありました。私はこの法案の審議の参考にいたしたいと思いますのでお尋ねいたしますが、地教委を廃止するということは、どういうふうな論点からそういう結論を得られたのか、一応参考のためにお伺いをしておきたいと思います。
清瀬文部大臣は、民主党の政策審議会長をしておられた当時、民主党は地教委廃止という態度を決定しておられます。ところがみずから文部大臣になられるに至って、この態度を一擲して、そうしてみずから今度の法案を出しておられるわけであります。このように態度が豹変したのは、一体いかなる理由によるものであるか。この際明らかにせられたいと思うのであります。
私のほうは、実はあまりこの問題についてはそう触れたくはないのですけれども、質問があれば自然それに対して返事をするというようなことでありまして、まあ新聞を見ているというと非常に同じようなことをしよつちゆう言い立てているような感じでありますが、あまりこれを私どものほうから進んでやりたくない、それというのは、御承知のように地教委廃止についての強い主張をしておる人々がありますが、そういう人々に対して、殊更これを